明石藩舞子台場跡(舞子砲台跡) 2013年11月9日

神戸市垂水区にある舞子台場は対岸の淡路島にある徳島藩松帆台場と協力して明石海峡を通過する外国船を挟み撃ちするため、工費金2万両掛けて築造された。 近代 文久3年(1865)幕府の命を受けて勝海舟の指導のもと明石藩が築造し、代々明石藩の砲術指南役を勤めた荻野家が砲台を管理した。台場の形式は陵堡式で石垣の平面形はW字形であった。 …
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清水山城館跡 2013年11月2日

近江高島市にある清水山城館は安曇川や琵琶湖の水運と陸路が交わる要に位置する標高210メートルの清水山に築かれた山城である。13世紀末から16世紀後期にかけて高島郡の中南部を支配していた西佐々木氏一族の佐々木越中氏(高島氏)の本城であった。 中世-近世 応仁年間(1467-69)西佐々木氏一族の詰城として機能していた小規模な城郭は…
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万歳城址 2013年10月6日

大和高田市にある万歳城は平田八荘官の一人、興福寺一乗院方国民の万歳氏が居城した平城である。他にも、万歳南氏と万歳北井氏が一乗院方国民、万歳西氏と新万歳氏も一乗院方であり、いずれも万歳一党である。 中世 天永3年(1112)某処分状「東大寺文書」に「万歳殿」とあり、葛下郡平田庄領内に多くの所領を有した。文正元年(1466)万歳氏は…
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大和郡山市内の環濠集落巡り 2013年10月6日

大和郡山市にある環濠集落(稗田・若槻・番条)へ行ってきました。市内には現存する環濠集落が県下でも数多く、教科書や資料集でも扱われる代表的な環濠集落が今も残されています。 稗田環濠集落は興福寺大乗院方衆徒の古市氏が稗田庄荘官として在地支配していた県内環濠集落の代表的なものである。 中世 文安元年(1444)古市胤仙が陣営とし…
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今市城外堀跡 2013年10月6日

奈良市にある今市城は大和国最大級の遺構を残す中世の平城である。大乗院方衆徒今市(今市新)氏の本拠地であり、官符衆徒の筒井一族である。今市氏は坊人として門跡から新木庄下司職・同名主職など恩給、また、同庄の年貢を請け負う一方、軍役など務めていた。 中世 応永21年(1414)官符衆徒の1人として今市氏は他の有力国人と共に、将軍足利義…
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音羽(蒲生)城阯 2013年9月29日

日野町にある音羽城は日野川左岸の丘陵台地先端に位置する山城である。日野谷は甲賀郡を経て伊勢へ通じる伊勢路が通る交通の要衝である。 中世 応仁の乱(1467-77)頃に蒲生貞秀により築城した。明応5年(1496)美濃の斎藤政房・利国勢が京極高清と連合して近江に侵攻すると、斎藤勢は貞秀の籠る当城まで南下して城を包囲したが、守り抜いた…
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西大路(仁正寺)藩藩庁跡 2013年9月29日

日野町にある西大路(仁正寺)藩は外様小藩の藩主市橋氏が10代(251年間)に亘って在封した陣屋である。 近世 元和6年(1620)越後三条3万1,300石の市橋長勝死後、嗣子がいなかったため、甥の長政が養子となって名跡を相続、蒲生郡・野洲郡・河内国交野郡の内で2万石が与えられ、日野城跡に陣屋を構えて立藩した。同8年長政は幕府の命…
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中野(日野)城趾 2013年9月29日

日野町にある中野(日野)城は日野川北岸に位置する平城である。蒲生氏3代6万石(約50年間)に亘って居城した。 中世 天文2年(1533)六角氏家臣の蒲生定秀より、3年を要して人夫延べ10万人余りが動員され、同時に城下町の整備も行われた。 近世 弘治2年(1556)定秀の孫となった氏郷が当城で生まれた。永禄10年(1567…
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家原城跡 2013年9月24日

堺市にある家原城は三好氏ゆかりの山城である。 近世 永禄9年(1566)三好三人衆と松永久秀が摂津から和泉にかけて戦っていた時、松永方の泉州衆が籠城して、その後は出陣したが、敗れて岸和田城に逃れた。同11年三好義継の家臣の寺町左近大夫、省部治兵衛らが籠城したが、三好三人衆に攻められ落城した。 JR津久野駅下車 城跡広…
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五鬼城展望公園 2013年9月19日

神戸市にある五鬼城は豪族の五鬼氏が大森林であった、この自然の要塞地に砦として築いた。 摩耶ケーブル虹の駅前から道標に従い、約3分ほどで登山口に着きます。 登山口から5分程で展望広場Aです。 展望広場Bです。ここからの見晴らしが一番良く、遠くは大阪市街から眼下の神戸市街まで見渡せます。 展望広場Cです。木に遮られ、…
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周山城址 2013年9月11日

京都市にある周山城は黒尾山東峰(城山)の頂上に、明智光秀が周の武王の故事に因んで周山城と名付け、地名も周山と改めた山城である。京北周山は京都から小浜に至る若狭街道と周山街道の分岐点といった要衝地である。 近世 天正7年(1579)織田信長より丹波平定を命じられた明智光秀により、普請に着手した。同9年光秀は宗匠の津田宗及と十五夜の…
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美山かやぶきの里 2013年9月11日

京都府南丹市にある美山かやぶきの里は、江戸時代の建築の茅葺主屋29棟あり、集落内での茅葺建築数で第3位と今も残る数少ない茅葺の民家が軒を連ねています。 そばの花と茅葺の里です。向かい側に蕎麦屋があります。 民家と郵便ポストがタイムスリップしたかのような風情を醸し出しています。 川沿いの高台から見た"かやぶきの里"の全景…
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茨木市内城跡巡り 2013年8月29日

茨木市内にある安威砦跡・目垣城跡へ行ってきました。 安威砦は花園山丘陵東端の天神山に築かれた標高98メートルの砦である。 中世 延徳2年(1490)管領細川政元が屋形を建てた。大永7年(1527)管領細川高国と阿波の細川晴元による合戦では、当城をはじめ、芥川城・福井城・三宅城など晴元方により、落城した。 近世 天正…
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阪急バス81系統で行く北摂の城跡巡り 2013年8月29日

茨木市内にある泉原城跡・佐保栗栖山砦跡・穂積城跡へ行ってきました。 泉原城は勝尾寺に協力した高山庄(豊能町)の荘官泉原氏の居城である。 中世 暦応3年(1300)勝尾寺より、高山庄雑掌職に任じられた泉原左近将監行親、子息鶴丸が在地支配力の強化を図った。 近世 永禄年間(1558-1570)廃城になったと考えられる。…
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今津砲台跡から西宮砲台 2013年8月9日

西宮市内にある今津砲台跡と西宮砲台へ行ってきました。 幕末の動乱期に京都を警備するため、保全の必要から大阪湾に面する今津と西宮に砲台が置かれました。国内で現存する砲台は西宮と和田岬の2基で貴重な遺構です。 今津砲台跡 近代 文久3年(1863)幕末の相次ぐ異国船来航で海防が急務となり、砲台の建造が始まり、慶応2年(186…
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御影(平野))城趾 2013年7月24日

神戸市にある御影城は源頼政の子孫平野忠勝が居城した城である。 中世 正平元年(1346)瀧山城にいた平野忠勝が御影村に城を構えた。しかし、観応2年(1351)観応の戦乱に巻き込まれ、敗れて退いた。 阪急御影駅下車 駅北出口前にある城址碑です。 駅前北側にある深田池です。城の堀として役割を果たしていました。 …
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聚楽第址(聚楽城跡) 2013年7月19日

京都市にある聚楽第(城)は平安京大内裏の故地の内野に築いた、豊臣秀吉が全国支配を貫徹する政権地とするための城郭形式の邸館である。 京都を聚楽第を中心とする城下町化するための京都改造がねらいであり、豊臣氏2代に亘る関白の城として使われ、公家的政治形態を取り入れた洛中支配の象徴として機能した。 近世 天正14年(1586)豊臣秀吉…
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横山城趾 2013年5月24日

長浜市・米原市の境目にある横山城は標高312mの横山丘陵(臥竜山)に築かれた山城である。丘陵最高地を北城、そこから派生する南尾根上に南城が築かれた別城一郭の構造である。 湖北の地は北国や東国から京都に通じる交通の要衝地であり、北近江の押さえとして絶好の位置にあたる。 中世 永正14年(1517)北近江の守護大名京極氏の小谷城の…
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大宇陀 又兵衛桜・森野旧薬園 2013年4月9日

大宇陀一の桜の名所、又兵衛桜(本郷の瀧桜)です。樹齢300年と云われる枝垂れ桜は見事です。 高さ13メートル、幹周り3メートルを越える巨木であり、例年、4月上旬から中旬が見ごろで数万人の花見客が訪れます。 宇陀松山城下町にある森野旧薬園です。江戸中期の開園で今も250種の保存栽培をしています。 開花時期を迎えた…
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